長男が自閉症と診断されるまでの様子【3歳〜3歳半】
長男フユタが自閉症と診断されるまでの様子です。
この3歳から3歳半がこれまでで1番特性ががっつり出ていた時期です
以前別の記事でも書きましたが理解のない園に入れてしまった為フユタのストレスが爆発。帰宅後毎日荒れていました。
色濃く出てきた自閉症の特徴
- こだわりが強すぎて日常生活がままならなくなる
- 感覚過敏が強くなり、騒ぐ子供の声が苦手、服も着られなくなる
- 同じ事ばかり繰り返し繰り返し話す
- 全てに対して何で?何で?と帰ってきて簡単な会話が成り立たない
- どもりとチック
- 着替えができない
- 変化を嫌がる
3歳1ヶ月、療育施設のイベントに参加
隣の市にある療育施設が開催する園解放へ行き、フユタの様子を見てもらいました。
そこで言われた事は
- 笑顔がとてもいい
- 両親の接し方がとても良い
- 幼稚園で伸びるタイプだけど苦手な部分は多いと思うので幼稚園側には相談しておいた方がいい
サーキットをやったり、みんなで紙芝居を見たりしましたが、とても落ち着いて参加できたと思います。
この頃入園前で3歳になったと本人も意識してなのか、ぎゃー!と騒ぐことが減り、簡単な言葉で表現するようになり、安心していました。
フユタは大丈夫!成長したんだ!
今思えば…
嵐の前の静けさでした…
3歳2ヶ月、幼稚園に入園する
はじめての集団生活。
毎日登園をかなり嫌がり、園に連れて行くのに一苦労、園の中に入れるのに一苦労の毎日。
こんなに毎日格闘しているのは我が家だけでした。
1番困ったのが感覚過敏で制服と体操着が着れないことでした。
タグが痛い、ゴムが痛い!
と着るのを嫌がり、肌は真っ赤に…。
普通と違う感覚、どんな感じなんだろう?私にはわからないので気持ちを汲んであげることができず…。
その頃診断もついていなかったので知識もなく…。
これを着ないと幼稚園行けないんだよ〜となんとか下に大きめの服を着せて誤魔化し誤魔化し登園させていました。
そしてストレスからどもりが酷くなり、会話もめちゃくちゃ。自分が話したい言葉を繰り返し繰り返し、1日中同じ言葉をしゃべり続けていました。
聞いてる方が辛かったー!!
集団生活についていけない息子
最初は年長さんがお手伝いしてくれた身辺の事も2ヶ月経つと自分でやらなければいけなくなりました。困りました。
自分で着替えが全く出来ないのです。
私は教えてもさっぱり理解できない様子のフユタに無理に教える事はやめ、先生が手伝ってくれるでしょう。とのんきに考えていましたが…
先生に手伝ってと言えず、1人困っていました
自分で着替え、かばんも背負えない、それを先生に助けてと言えないフユタ。幼稚園で過ごす1日はどれだけ苦痛だったのでしょうか。
みんなと同じ事ができない、園では泣いてばかり。ついに担任から呼び出しをくらいました。
とにかく何をやるにも手助けが必要で、1人になると不安で大泣き。先生の手が足りないので、園側も困っていると。
家での様子
園から帰宅後はとにかく疲れて大暴れ大泣きで手に負えず。たまらなくて怒鳴る日もありました。
- ストレスでどもりとチックが酷く、なんでも確認作業をする。
- 少しぶつかっただけで烈火の如く怒るので友達と遊ぶことはとても難しかった。
- お箸の使い方やハサミの使い方など苦手なことを家で練習しようとしても教わることを嫌がり激怒。
そのため何も教える事ができず…。
そういえばハサミは未だにうまく使えませんね(5歳)
- 都合のいい事のみ、毎日同じルーティンじゃないと嫌がる。(例えば毎日のお風呂や歯磨きはやりたがらず、自分の好きなことだけは毎日キッチリ同じじゃないといけない)
フユタのこだわりでがんじがらめの生活がとても辛く、私もどっぷり疲れていました。
やっと診断がついた
そして3歳半、上記の事を話すとあっさりと自閉症スペクトラムの診断がつきました。
こだわりの強さが間違いないと。
確かに毎日自分がドアを閉める、電気を消す、付ける等のこだわりが強く叶わないと泣き叫び本当に収拾つかなかった…。
自分でやりたいというこの年齢特有の物なのかと思っていましたが、健常の子はこんなに物事にこだわらないそうです。
衝撃でした…。
そりゃ、私の育児は大変なわけだ。
健常の子はこれがないんだもの。それだけで大変さが全然違う!!
私の育児はハードモードなんだ
今までの不可解な事が負に落ちました。
大変なのはしょうがない、フユタは自閉症スペクトラムという障害なんだもの。
そして心がスーッと楽になりました。
さいごに
過去のまとめはこの記事で最後となります!
かなり暗くて重い記事ばかりになりました…
こんなんでしたが、こだわりも感覚過敏も随分とマシになったなぁ〜と実感。
まだまだ色々問題点はありますが、息子なりの成長を見守っていこうと思います。